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大江ノ捨丸×四ツ宮胡斗霊(よつみやことだま)
前の小話→【四ツ宮一族】白を舐める・夕
ほねのゆりかご(pixiv)←こちらのお話にまつわる小話です。
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前の小話→【四ツ宮一族】白を舐める・夕
ほねのゆりかご(pixiv)←こちらのお話にまつわる小話です。
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持ち込んだ徳利はみっつ。そのうちひとつを胡斗霊は殆ど空にしてしまった。
普段から飲み慣れていないせいか、そもそも酒精に弱い質なのか、徳利の半分以上が無くなる頃には胡斗霊のすっかり頬は上気し、ふわふわと目の焦点も浮遊していた。身体も熱をもってきたのだろう、崩した脚を隠す着物の裾を摘んではたはたと風を送り込んでみたり、衿の合わせを緩めてみたり。
捨丸は止めたのだ。これ以上飲めば明日の朝が辛ェぞ、と。それでも胡斗霊は杯に酒を注ぐこ
とを止めなかった。
「でも、でも、少しくらくらしますけど気持ち悪くないし、それに、せっかく捨丸様が持って来てくれて、捨丸様もまだ飲んでいるのに……」
捨丸の杯にも酒を満たしながら胡斗霊は拗ねたような口調で続ける。
「いつも、一緒に晩酌が出来なくて寂しい……悔しい……仲間外れ……違いますね……何と言うのか……あぁそうです、同じことをしたかったんです。捨丸様は神様だけれど人みたいに私に近付いてくれたから、近付きたかったんです、私も。捨丸様がしてくれたみたいに」
杯を合間合間に少しずつ干しながら、どこか遠くを、昔日を思い出すかのように語る。胡斗霊と捨丸が出会ってからまだ一月(ひとつき)も経っていないというのに、一昔も前の出来事の如く。
恐らくだが、時の感覚が違うのかと捨丸は思う。二十四の月の満ち欠けより多くは生きられない一族のひとりである胡斗霊にとっての一月(ひとつき)は、呪いを背負わない数多の人々に比べてあまりに高い密度を持って早く過ぎるのかも知れない。恐らく、だ。捨丸はわからない。人の感覚の次に捨丸が得たのは神の感覚で、それは予想に反し人であった頃と大して変わらなかった。変わったのは、終わりが見えなくなったことだけだ。
「神に近付きたいわけじゃないですよ……そうじゃあなくて、一緒に寝起きする相手として、少しでも心地良いものになりたくて。私にとって捨丸様はそういう相手になっていたから。捨丸様にも少しでも同じ気持ちになって欲しかったんです。ふふ、我侭ですよね。私は捨丸様にとって望まない交神を持ち掛けた相手なのに」
私の方だって最初は好きも嫌いもなく決まり事に従って捨丸様の所に来ただけなのに、と後悔しているような面持ちで呟いて、胡斗霊は捨丸の横ににじり寄り熱のない肩にことりと頭を預けた。自然、胡斗霊の肩や腕が捨丸に触れて、酒精のせいで普段より高い体温が着物越しでも伝わってくる。
「…………ねえ、捨丸様」
「何だよ」
「後悔、してないですか。本当は嫌じゃあ、ありませんか」
初めは拒否していた子を成したこと、自分から好意を向けられること。
捨丸の顔を見ずに零された言葉の意味を理解した瞬間、無意識に骨の手が動いていた。がしりと胡斗霊の顔を五指で掴み、
「あんなことまで言わせておいて今更お前は疑うのかよ」
言った捨丸の低い声には僅かな怒りと不安が滲んでいた。この娘も捨丸を信じきらないのか。己が人間だった頃のことが思い出されて、捨丸の指に力が篭る。
「違う、違います、だって、私、わたし……」
顔を掴まれているせいで捨丸の方を向けないまま、慌てて否定した胡斗霊の眼からほろりほろりと涙の粒が転がり出て頬を伝う。
「……本当に現(うつつ)なのかなあって、思って、しまって……」
だって、最初はあんなに交わることなど無いと思っていたものが。あの日に溶け合って。
「……私ばっかりこんなにしあわせで……いいのかなあ……」
頬から頤(おとがい)に流れた雫がぽたりぽたりと落ちて着物に染みを作った。
「……お前ばっかりしあわせだと、駄目なのかァ?」
するりと離された手を胡斗霊が急いで握る。両手で、きつく。痛覚があったなら痛いと感じるだろう程に。そうして、今度はしっかりと捨丸の眼を見据えて言った。
「捨丸様がしあわせじゃあなかったら、嫌。嫌なんです、好きな、人がっ、」
そこで一度胡斗霊はしゃくり上げて、それから言葉を続けた。
「好きな人もしあわせじゃあないと嫌、捨丸様がしあわせじゃあないなら、私はこのしあわせを受け取れない、です」
何て、真っ直ぐな。生き辛いだろう程に真っ直ぐな娘。そういうところにいつの間にか絆されていたのだ。だから。
「……お前だけじゃあ、無ェよ。俺だって同じだ」
しあわせだとは気恥ずかしくて言えなかったけれども、その言葉を聞いた胡斗霊は安心したように微笑んで、泣いた。よかったぁ、と呟いて握った捨丸の掌に額を擦り付けて、泣いた。空いている方の腕で胡斗霊を引き寄せ胸元に抱き込んだ捨丸は、丁寧に結われた髪をほどく。そうして、目の前のつむじに肉の無い硬い頬を擦り付けた。胡斗霊が捨丸の手にしているのと同じ強さで。擦り付けているのは己なのに、さらさらとした髪の感触はまるで捨丸を撫でているようだった。
早く。早く泣き止まないだろうか。
捨丸はこんなふうに泣く娘をどう扱っていいのかわからないし、全体、胡斗霊は笑っているほうがいいと思っている。
だから、早く。
腕に力を込め、やわい耳元に口を寄せ、捨丸は乞うた。
しあわせなら笑うものだろうがよォ。
「はい」と、か弱い涙交じりの声が返ってきて、腕の中の胡斗霊が捨丸の顔を見上げる。まだ涙は止まらないまま、それでも言われた通りにようよう淡い笑みを浮かべた胡斗霊のいじらしさに。
何度でも、捨丸は絆されるのだ。
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