忍者ブログ

[118]  [115]  [116]  [105]  [114]  [106]  [104]  [108]  [113]  [109]  [110
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

[PR]
大江ノ捨丸×四ツ宮胡斗霊(よつみやことだま)
ほねのゆりかご(pixiv)←こちらのお話にまつわる小話です。


------------------------


 忘れもしないそれは、交神の儀が成って無事に子を授かったとわかった次の日のこと。
 珍しく大江ノ捨丸は、夕焼けが障子から這入り込み、茜色に染まり始めた胡斗霊の部屋に訪れた。訪れたことが珍しいのではなく、その刻限に、しかも酒精を持っていたことが珍しい。胡斗霊が覚えている限り、捨丸は胡斗霊に貸し与えた部屋で酒を嗜むことはなかったし、そろそろ胡斗霊が夕餉の準備に行くこともわかっているはずだった。
 文机の前で白い紙に何かしら書き付けていた胡斗霊は不思議そうに「どうしましたか?」と尋ねたが、それをすっかり無視して、勝手知ったるとばかりに文机の隣にある鏡台の前に胡座した捨丸は、交神が終わった祝いだとか何とか言って、胡斗霊に持っていたふたつの杯の片方を押し付けた。え、え、と困惑して受け取った杯に、捨丸手ずから徳利の中身を注がれる。そのまま捨丸は何も言わず己の杯も同じように、ほの白く少しばかりとろりとした液体で満たした。
 いつも捨丸が飲んでいる酒は透き通って一見水と変わりなかったが、今持ってきたものは見たことがないものだ。ぐい、と一息に杯を呷る捨丸を横目で見ながら、胡斗霊は恐るおそるといった様子で杯に唇を寄せた。ふわりと漂う香りは間違いなく注がれているものが酒精であることを物語っている。こくりと小さく一口飲み込んで、
「少し……甘、い……?」
 と軽く首を傾けた。確かめるように二口、三口とゆっくり含んで飲み下す。
「これは、飲めるお酒ですね」
 新しい発見をした幼子の如き顔を捨丸に向け、胡斗霊はそう言った。
 「……飲めねぇ酒は泥水と同じだろ……」と呟いて捨丸は徳利を持ち上げ、空になりそうな胡斗霊の杯と、空になった己の杯を満たす。
「祝いには酒だと相場は決まってるもんだが、お前はろくに晩酌の相手も出来ないくらいの酒嫌いと来た」
「だって、変に苦いじゃあないですか。美味しくないのにくらくらしたり、頭が痛くなったり、飲んでもいいことが無いんですもん」
 唇を尖らせて言う様はまるきり子供の表情だ。
「だからなァ、お前でも飲めそうなのを探してやったんだろうが」
「……そう、なんですか」
 何故だか嬉しげに頬をゆるませた胡斗霊に捨丸は少しばかり渋い顔をする。ただ、祝い事を独り酒で済ますのは何となく癪だったから酒蔵を漁ってみただけなのだが、まるで胡斗霊のために心を砕いてやったのと同じ結果になってしまっている。絆されはしたものの、素直に胡斗霊を喜ばせるようなのは、性に合わない。そもそも、あれだけ散々子を成すことを拒んでいたくせに祝い酒とは何事だと、捨丸は己で己に悪態を吐きたくなる。
 そんな捨丸の心中を恐らく知らないであろう胡斗霊は、いつの間にか干した杯に手酌で酒を注ぎながら尋ねた。
「これ、屋敷に戻ってからも飲めますか?」
 言外に、天界だけで作られているものなのですか、という問いを滲ませた言葉。本当に酒には興味がなかったのだなと改めて思う。
「酒屋で濁醪(だくろう)を頼めば出て来るんじゃねェか? 多分だがなァ」
 酒を含め基本的に奪って飲み食いしていた捨丸は酒屋など行ったことがないものだから、語尾は曖昧になった。
「濁醪……覚えておきます」
 だくろう、だくろう、と数回呪文のように繰り返し、一息おいて胡斗霊は杯を一気に干す。そうして、真っ直ぐ捨丸に向かい「気に入りました」と、とろけそうな笑顔で教えた。既に頬は桜色に染まっており、笑みと相まってひどく煽られた心持ちになる。まるで目の前の朱唇が強請っているようで身の内がざわりと騒ぐ。胡斗霊が単純に酒に慣れていない故で、そんなつもりは全くないとわかっていても、だ。
 絆されるとはつまりそういうこと、なのだった。

拍手[0回]

PR
【四ツ宮一族】白を舐める・夕