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1019年3月、水花逝去直後のお話。
人はいつだって、いろいろなものにさよならを言わなければならない。 (ピーター・ビーグル)


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 水花が死んだとき、家族の誰も彼もが涙を流したが、ことに貴海と竜海の双子はいつまで経っても泣き止まなかった。逝ったのは明け方近く。イツ花は一番に(無理矢理)泣き止んで、気丈にも朝餉の支度をした。
「ほらほら、皆さん、お食事はきちんとしなくちゃいけませんよ。水花様だってそう言うに決まってます。鬼を殺すためには鍛錬も大事だけれど食事だって睡眠だって大事なことって、仰ってたじゃありませんか。……お膳、このお部屋に持って来ますから。水花様と皆さんで一緒のお食事、しましょう? ね?」
 泣き腫らした目でそう言われて、蒼海は瞬きをすれば零れてしまう涙を強引に拭い、イツ花と一緒に五人分の膳を水花の部屋へ運び入れた。水花との最後の食事。動かなくなり横たわった枕元に置いた食事が減ることはないが、それでも、もしかしたら魂というものがあるならまだこの辺りに水花は居て、目に見えずとも口を付けてくれるかも知れない。腹が減ったままではあの世へも行き難かろう。
 蒼海とイツ花が静かに箸を動かす横で、貴海と竜海は食事に一切手を付けず泣き続けている。
「貴(たか)、竜(たつ)、イツ花が折角作ってくれたんだから少しでも食べな」
 蒼海の言葉に双子は揃って首を横に振り、言葉もなく涙ばかり零し続ける。この家に来てまだ三ヶ月と幼く、自分と違って死を目前にするような討伐の経験もないふたりを叱ることもできなくて、蒼海はそれきり黙って自分の膳を空にすることに努めた。
 その日の屋敷はことさら静かで、水花の遺体の今後であるとか当主交代によって引き継がなければいけないあれこれの確認であるとか、そういったことを蒼海とイツ花で話し合い、昼までの時間はあっという間に過ぎた。そろそろお昼の支度をしてきますネ、と寂しそうな顔でイツ花が立ち上がり、蒼海の部屋から出て行く。
 さてそういえば、朝餉の後から貴海と竜海の姿を見ないな、と蒼海も立ち上がり、ふたりを探してみる。ふたりが行きそうな所を覗きながら屋敷の中や庭を歩けば水花との思い出がそこかしこに溢れていて、じわりと涙が浮かぶ。これからは何処を見ても水花のことを思い出してしまって寂しい反面、それだけのものが積もっていたことを嬉しくも思うのだろう、と考えると淡い微笑が頬に浮かんだ。
 双子は、敷地内にいくつかある蔵のうちのひとつの中で見付かった。土床に座り込んだふたりはまだ泣いていて、そんなに流れる涙が身体のどこにあるのだろうかと思う。蒼海はふたりの前にしゃがみ込み、話し始める。
「……あのな。悲しいのは当たり前だから泣くなとは言えないし、俺だって思い出して泣くこともあるだろう。でも、水花は……俺達は、二年しか生きられないんだ。厳しいことを言うけれども、これから何度も家族が死ぬのを見る機会があるかも知れない。だから、……慣れなくちゃ、いけないんだ。わかるか?」
 貴海がぐしぐしと強く袖で目を拭い、
「でも、死にたくない」
 と、言った。
「……死ぬのが怖くて、泣いてたのか?」
「違う、ううん、違わない。死ぬのが怖い。だって、死んだらこんなに苦しいんだよ」
 死んだのは水花で貴海ではないのにそんなことを言う。後を次いで竜海が涙を拭くこともせずに話し始める。
「水花が死んだから、俺たちはこんなに苦しいんだよ。蒼海が死んでもおんなじにすごくすごく苦しくなるよ。だったら、嫌だよ。死にたくない。俺が死んで、誰かが苦しい思いをするなら、死にたくない」
「こんな悲しくて苦しいの、誰にもしてほしくない。死ななかったら、誰もこんなに辛くないよね? だから、死にたくない、死ぬの、怖い。誰かが同じ思いするのが怖い」
 そうしてふたり、図ったわけでもないだろうが声を揃えて
「蒼海も死んじゃやだぁ」
 そう言って、また大粒の涙を溢す。
 蒼海には、思いもつかなかった考え方だった。自分が死んだ後の家族の悲しみや苦しみ、なんて。それを耐えるのが当たり前だと思っていた。家族として越えてゆくものだと思っていた。けれど、貴海と竜海はそもそもそれらを与えたくないと、だから死にたくないと言う。死にたくない、その感情自体は全うで、しかし受け入れなければならないものだけれども。
「……お前達は、優しいな。家族が傷付くのが嫌なんだな。自分達のためじゃなくて家族のために生きていたいんだもんな。そうか。うん、優しい、優しいなあ……」
 両腕に貴海と竜海を抱き締めて、蒼海は願う。どうか奇跡が。この子達を生かしてくれまいか。水花が最期に願ったのは、きっと、こういうことなんだ。今、わかったよ。
 つられるように蒼海の眼からも涙が零れて、親子はしばらくそのまま。抱き合って泣いた。それ以外に術はなかった。
 慰めるかのように、陽がやわらかく、親子の背を照らしていた。
 水花の掌にも似た、あたたかさで。

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