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1019年3月、討伐帰還後のお話。


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 漢方薬を呑んでまで討伐に出陣し、ぼろぼろになるまで身体を酷使した水花が、屋敷の裏門をくぐってすぐ倒れたのは無理からぬことだった。
 梅の花が散って少しだけ寂しくなった庭を横目で見ながら、水花の横になっている部屋へ向かう。何でも、俺にだけに話したいことがあると仰っていたと、イツ花から伝えられたからだ。
 這入った部屋は少し薄暗いように感じられた。今日はよく晴れているし、まだ昼にもならないうちからそんなはずはないのに。そんな部屋に横たわる水花は目蓋を閉じてぴくりとも動かない。覚悟をしておいたほうがいいかも知れません、イツ花の声が耳に蘇る。
「水花」
 呼びかけると、ゆるゆると目蓋が開き、静かに首が巡らされた。
「蒼海」
 血の気のない顔。笑おうとして失敗したかのような表情。布団から出された両の腕。傷跡。傷跡。
「話って、なに?」
 何でもないふうを取り繕って、努めて明るい声で問うた。
「うん、もう、時間がないから。蒼海に謝らないとって思って」
「……何も、謝られるようなことはないはずだけど」
「あるんだよ。ずっと、言わないでいたこと……隠していたこと」
 水花は俺から視線を外して何もない天井を見る。すう、とひとつ深呼吸をして水花は話し始めた。
「長い、話だよ。聞いていて気持ちのいい話じゃあないよ。でも、最後だから……許してね。
「……私、天界から降ろされたあの浦で、初めて話しかけられたとき『何も覚えてない』って言ったでしょう。あれね、嘘、なの。本当は物心ついた頃からのこと全部覚えてる。
「沢山の声が聞こえた。呪いは解けないのかとか。呪われたなら捨ててしまって次を作ればいいとか。源太もお輪もだらしがないとか。手を掛けて育てる価値があるのかとか。いろいろ。でも、よくわからないうちに私は生かされて、それで……、
「……子を成すための方法、をあの人たちは探り始めた。神様と交わればもしかしてって、でも、位の高い神様は殆どが拒んだんだって。呪い持ちなんかと交われるかって。それで、位の低い神様から選ばれたのが鹿島ノ中竜様。蒼海のお父さん……って呼んでいいのかな。
「優しい人……神様だったよ。
「子が成せるか試すっていっても、試せるのは私しかいないから。何度も、何度もね、試した。交わって、子の、ややこの種みたいなのがお腹の中にできたってわかると、最初はそのままで育つかどうか試した。普通の人じゃないからかなあ……育つのは早くてね、このくらいまでお腹、大きくなったんだけど、私の身体の方が耐えられなくって血が沢山出て、……流れてしまって。
「だから次は種を取り出して育てようってことになった。どのくらいの頃に取り出せばいいのか、それも一回ではわからなくて、交わって取り出して、駄目だったらまた交わって取り出して、さんかい。三回、繰り返した。
「よんかいめで上手くいって、女のややこだったなあ。髪の色も眼の色も私と同じで。でも、その子は……その子は、下界に降りたらすぐに戦えるようにって、あんまりにも速く成長させすぎたんだって。それで、だから、速すぎて、駄目に……しん、死んじゃって……っ、
 水花はしゃくり上げながら泣き始める。拭っても拭っても止まらない。俺は、初めて聞く話を咀嚼するのに精一杯で、そんな水花に何もしてやれなかった。
 泣きながら、それでも水花は話を止めない。
「もう止めて下さいって言ったの。もうこれ以上私の子を殺さないでって。駄目だって、言われた。ここまで来たら後戻りは出来ないって。だから私、もういいって。もう成功なんかしなくていいって。生まれてくる子は私と同じ呪いを受け継いでいて、そんなかわいそうな子はいなくてもいいって。試すなら何度でも試したらいい、でも全部失敗してほしかった。それで、私が死ぬまで失敗し続けたら、死んでいった子たちの代わりに地獄に落ちられると思った。そうなりたかった。そうしたら呪いも終わるから。早く私の身体が駄目になりますようにって、いつもいつも考えてた。
「それなのに。それなのに、蒼海が、生まれて。ちゃんと上手に育っていくのを見たら、死にたくないっておも、思っ、た。ひとりにできないって思った。勝手でしょう? もう何人も私は自分の子を殺していたのに。蒼海が歩けるようになって話せるようになって嬉しかった。嬉しかったの。ひとりじゃなくなったって思ってしまった。
「ごめんね、ずっと、言わなかった。怖かった。蒼海に嫌われるかもって、私、言えなかった……っ。
「みずいろのはなみたいだからみずか、って、蒼海、言ったよね。私の髪の毛を握って。あのとき、名前、もらったの、私。それまで名前がなくって。呼ばれたことがなくって。蒼海がみずかって。何度も言うから。私は水花になったの。
「……蒼海、蒼海はね、私のろくばんめの子。ろくばんめの、いちばん最初の子。だから、かなあ……わかってるのにね、二年ってわかってるのに。
「ごめんね、我侭なお願い、言うよ……ごめんね。
「死なないで。蒼海、死なないで」
 水花が泣きながら腕を伸ばしてくる。その手を握って、それでも足りなくて抱き起こして抱き締めた。水花の腕が痛いくらいに俺の背を掻き抱く。
「あの子たちは私が、私が背負って行くから。一緒に行くから。私だけ地獄に行くだろうけど、そんなのは構わない。蒼海のぶんも背負って行きたい。蒼海、あおみ、死なないで、しなないでよぉ……っ、生きて、貴海と竜海と一緒に生きてほしいよ……っ、死んじゃやだ、やだぁ……っ、しなないで……っ、」
 泣きじゃくりながら死なないでと水花は繰り返す。自分の方が死の床にいるにも関わらず、ただただ、俺とその子達に死なないでと言う。俺だって言いたい、水花死なないで。けれども、水花はもうすっかり死ぬことを受け入れてしまっていて、だから言えない。言えるのは。
「水花のぶんまで生きるよ、約束する。そう簡単に死にやしない。絶対に」
 正直な、話。自分の代でも、きっと子供達の代でも呪いを解くことは出来ないだろう。大江山に登ったからこそわかる。自分たちでは力が足りない。それでも。
「水花、俺、当主になるよ。水花の全部、俺がもらう」
 だからどうか。俺を待っていて。水花ひとりで五人の命は重過ぎるから、生まれることが出来た俺が一緒に背負うから。そう遠くない日に、地獄の入り口で会おう。そうしてまた最初のように。ふたりきりで、手を繋いで、始めるんだ。
 行く先がどこだって。水花とふたりなら、寂しくなんてない。悲しくなんてない。今までがそうだったように、死んでからだって、地獄だろうが何だろうが、大丈夫、ふたりなら。ふたりきりでも。

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