×[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
大江ノ捨丸×四ツ宮胡斗霊(よつみやことだま)
前の小話→
【四ツ宮一族】白を舐める・夕
ほねのゆりかご(pixiv)←こちらのお話にまつわる小話です。
------------------------
持ち込んだ徳利はみっつ。そのうちひとつを胡斗霊は殆ど空にしてしまった。
普段から飲み慣れていないせいか、そもそも酒精に弱い質なのか、徳利の半分以上が無くなる頃には胡斗霊のすっかり頬は上気し、ふわふわと目の焦点も浮遊していた。身体も熱をもってきたのだろう、崩した脚を隠す着物の裾を摘んではたはたと風を送り込んでみたり、衿の合わせを緩めてみたり。
捨丸は止めたのだ。これ以上飲めば明日の朝が辛ェぞ、と。それでも胡斗霊は杯に酒を注ぐこ
とを止めなかった。
「でも、でも、少しくらくらしますけど気持ち悪くないし、それに、せっかく捨丸様が持って来てくれて、捨丸様もまだ飲んでいるのに……」
捨丸の杯にも酒を満たしながら胡斗霊は拗ねたような口調で続ける。
「いつも、一緒に晩酌が出来なくて寂しい……悔しい……仲間外れ……違いますね……何と言うのか……あぁそうです、同じことをしたかったんです。捨丸様は神様だけれど人みたいに私に近付いてくれたから、近付きたかったんです、私も。捨丸様がしてくれたみたいに」
杯を合間合間に少しずつ干しながら、どこか遠くを、昔日を思い出すかのように語る。胡斗霊と捨丸が出会ってからまだ一月(ひとつき)も経っていないというのに、一昔も前の出来事の如く。
恐らくだが、時の感覚が違うのかと捨丸は思う。二十四の月の満ち欠けより多くは生きられない一族のひとりである胡斗霊にとっての一月(ひとつき)は、呪いを背負わない数多の人々に比べてあまりに高い密度を持って早く過ぎるのかも知れない。恐らく、だ。捨丸はわからない。人の感覚の次に捨丸が得たのは神の感覚で、それは予想に反し人であった頃と大して変わらなかった。変わったのは、終わりが見えなくなったことだけだ。
「神に近付きたいわけじゃないですよ……そうじゃあなくて、一緒に寝起きする相手として、少しでも心地良いものになりたくて。私にとって捨丸様はそういう相手になっていたから。捨丸様にも少しでも同じ気持ちになって欲しかったんです。ふふ、我侭ですよね。私は捨丸様にとって望まない交神を持ち掛けた相手なのに」
私の方だって最初は好きも嫌いもなく決まり事に従って捨丸様の所に来ただけなのに、と後悔しているような面持ちで呟いて、胡斗霊は捨丸の横ににじり寄り熱のない肩にことりと頭を預けた。自然、胡斗霊の肩や腕が捨丸に触れて、酒精のせいで普段より高い体温が着物越しでも伝わってくる。
「…………ねえ、捨丸様」
「何だよ」
「後悔、してないですか。本当は嫌じゃあ、ありませんか」
初めは拒否していた子を成したこと、自分から好意を向けられること。
捨丸の顔を見ずに零された言葉の意味を理解した瞬間、無意識に骨の手が動いていた。がしりと胡斗霊の顔を五指で掴み、
「あんなことまで言わせておいて今更お前は疑うのかよ」
言った捨丸の低い声には僅かな怒りと不安が滲んでいた。この娘も捨丸を信じきらないのか。己が人間だった頃のことが思い出されて、捨丸の指に力が篭る。
「違う、違います、だって、私、わたし……」
顔を掴まれているせいで捨丸の方を向けないまま、慌てて否定した胡斗霊の眼からほろりほろりと涙の粒が転がり出て頬を伝う。
「……本当に現(うつつ)なのかなあって、思って、しまって……」
だって、最初はあんなに交わることなど無いと思っていたものが。あの日に溶け合って。
「……私ばっかりこんなにしあわせで……いいのかなあ……」
頬から頤(おとがい)に流れた雫がぽたりぽたりと落ちて着物に染みを作った。
「……お前ばっかりしあわせだと、駄目なのかァ?」
するりと離された手を胡斗霊が急いで握る。両手で、きつく。痛覚があったなら痛いと感じるだろう程に。そうして、今度はしっかりと捨丸の眼を見据えて言った。
「捨丸様がしあわせじゃあなかったら、嫌。嫌なんです、好きな、人がっ、」
そこで一度胡斗霊はしゃくり上げて、それから言葉を続けた。
「好きな人もしあわせじゃあないと嫌、捨丸様がしあわせじゃあないなら、私はこのしあわせを受け取れない、です」
何て、真っ直ぐな。生き辛いだろう程に真っ直ぐな娘。そういうところにいつの間にか絆されていたのだ。だから。
「……お前だけじゃあ、無ェよ。俺だって同じだ」
しあわせだとは気恥ずかしくて言えなかったけれども、その言葉を聞いた胡斗霊は安心したように微笑んで、泣いた。よかったぁ、と呟いて握った捨丸の掌に額を擦り付けて、泣いた。空いている方の腕で胡斗霊を引き寄せ胸元に抱き込んだ捨丸は、丁寧に結われた髪をほどく。そうして、目の前のつむじに肉の無い硬い頬を擦り付けた。胡斗霊が捨丸の手にしているのと同じ強さで。擦り付けているのは己なのに、さらさらとした髪の感触はまるで捨丸を撫でているようだった。
早く。早く泣き止まないだろうか。
捨丸はこんなふうに泣く娘をどう扱っていいのかわからないし、全体、胡斗霊は笑っているほうがいいと思っている。
だから、早く。
腕に力を込め、やわい耳元に口を寄せ、捨丸は乞うた。
しあわせなら笑うものだろうがよォ。
「はい」と、か弱い涙交じりの声が返ってきて、腕の中の胡斗霊が捨丸の顔を見上げる。まだ涙は止まらないまま、それでも言われた通りにようよう淡い笑みを浮かべた胡斗霊のいじらしさに。
何度でも、捨丸は絆されるのだ。
[0回]
大江ノ捨丸×四ツ宮胡斗霊(よつみやことだま)
ほねのゆりかご(pixiv)←こちらのお話にまつわる小話です。
------------------------
忘れもしないそれは、交神の儀が成って無事に子を授かったとわかった次の日のこと。
珍しく大江ノ捨丸は、夕焼けが障子から這入り込み、茜色に染まり始めた胡斗霊の部屋に訪れた。訪れたことが珍しいのではなく、その刻限に、しかも酒精を持っていたことが珍しい。胡斗霊が覚えている限り、捨丸は胡斗霊に貸し与えた部屋で酒を嗜むことはなかったし、そろそろ胡斗霊が夕餉の準備に行くこともわかっているはずだった。
文机の前で白い紙に何かしら書き付けていた胡斗霊は不思議そうに「どうしましたか?」と尋ねたが、それをすっかり無視して、勝手知ったるとばかりに文机の隣にある鏡台の前に胡座した捨丸は、交神が終わった祝いだとか何とか言って、胡斗霊に持っていたふたつの杯の片方を押し付けた。え、え、と困惑して受け取った杯に、捨丸手ずから徳利の中身を注がれる。そのまま捨丸は何も言わず己の杯も同じように、ほの白く少しばかりとろりとした液体で満たした。
いつも捨丸が飲んでいる酒は透き通って一見水と変わりなかったが、今持ってきたものは見たことがないものだ。ぐい、と一息に杯を呷る捨丸を横目で見ながら、胡斗霊は恐るおそるといった様子で杯に唇を寄せた。ふわりと漂う香りは間違いなく注がれているものが酒精であることを物語っている。こくりと小さく一口飲み込んで、
「少し……甘、い……?」
と軽く首を傾けた。確かめるように二口、三口とゆっくり含んで飲み下す。
「これは、飲めるお酒ですね」
新しい発見をした幼子の如き顔を捨丸に向け、胡斗霊はそう言った。
「……飲めねぇ酒は泥水と同じだろ……」と呟いて捨丸は徳利を持ち上げ、空になりそうな胡斗霊の杯と、空になった己の杯を満たす。
「祝いには酒だと相場は決まってるもんだが、お前はろくに晩酌の相手も出来ないくらいの酒嫌いと来た」
「だって、変に苦いじゃあないですか。美味しくないのにくらくらしたり、頭が痛くなったり、飲んでもいいことが無いんですもん」
唇を尖らせて言う様はまるきり子供の表情だ。
「だからなァ、お前でも飲めそうなのを探してやったんだろうが」
「……そう、なんですか」
何故だか嬉しげに頬をゆるませた胡斗霊に捨丸は少しばかり渋い顔をする。ただ、祝い事を独り酒で済ますのは何となく癪だったから酒蔵を漁ってみただけなのだが、まるで胡斗霊のために心を砕いてやったのと同じ結果になってしまっている。絆されはしたものの、素直に胡斗霊を喜ばせるようなのは、性に合わない。そもそも、あれだけ散々子を成すことを拒んでいたくせに祝い酒とは何事だと、捨丸は己で己に悪態を吐きたくなる。
そんな捨丸の心中を恐らく知らないであろう胡斗霊は、いつの間にか干した杯に手酌で酒を注ぎながら尋ねた。
「これ、屋敷に戻ってからも飲めますか?」
言外に、天界だけで作られているものなのですか、という問いを滲ませた言葉。本当に酒には興味がなかったのだなと改めて思う。
「酒屋で濁醪(だくろう)を頼めば出て来るんじゃねェか? 多分だがなァ」
酒を含め基本的に奪って飲み食いしていた捨丸は酒屋など行ったことがないものだから、語尾は曖昧になった。
「濁醪……覚えておきます」
だくろう、だくろう、と数回呪文のように繰り返し、一息おいて胡斗霊は杯を一気に干す。そうして、真っ直ぐ捨丸に向かい「気に入りました」と、とろけそうな笑顔で教えた。既に頬は桜色に染まっており、笑みと相まってひどく煽られた心持ちになる。まるで目の前の朱唇が強請っているようで身の内がざわりと騒ぐ。胡斗霊が単純に酒に慣れていない故で、そんなつもりは全くないとわかっていても、だ。
絆されるとはつまりそういうこと、なのだった。
[0回]
1019年3月、水花逝去直後のお話。
人はいつだって、いろいろなものにさよならを言わなければならない。 (ピーター・ビーグル)
-------------------
水花が死んだとき、家族の誰も彼もが涙を流したが、ことに貴海と竜海の双子はいつまで経っても泣き止まなかった。逝ったのは明け方近く。イツ花は一番に(無理矢理)泣き止んで、気丈にも朝餉の支度をした。
「ほらほら、皆さん、お食事はきちんとしなくちゃいけませんよ。水花様だってそう言うに決まってます。鬼を殺すためには鍛錬も大事だけれど食事だって睡眠だって大事なことって、仰ってたじゃありませんか。……お膳、このお部屋に持って来ますから。水花様と皆さんで一緒のお食事、しましょう? ね?」
泣き腫らした目でそう言われて、蒼海は瞬きをすれば零れてしまう涙を強引に拭い、イツ花と一緒に五人分の膳を水花の部屋へ運び入れた。水花との最後の食事。動かなくなり横たわった枕元に置いた食事が減ることはないが、それでも、もしかしたら魂というものがあるならまだこの辺りに水花は居て、目に見えずとも口を付けてくれるかも知れない。腹が減ったままではあの世へも行き難かろう。
蒼海とイツ花が静かに箸を動かす横で、貴海と竜海は食事に一切手を付けず泣き続けている。
「貴(たか)、竜(たつ)、イツ花が折角作ってくれたんだから少しでも食べな」
蒼海の言葉に双子は揃って首を横に振り、言葉もなく涙ばかり零し続ける。この家に来てまだ三ヶ月と幼く、自分と違って死を目前にするような討伐の経験もないふたりを叱ることもできなくて、蒼海はそれきり黙って自分の膳を空にすることに努めた。
その日の屋敷はことさら静かで、水花の遺体の今後であるとか当主交代によって引き継がなければいけないあれこれの確認であるとか、そういったことを蒼海とイツ花で話し合い、昼までの時間はあっという間に過ぎた。そろそろお昼の支度をしてきますネ、と寂しそうな顔でイツ花が立ち上がり、蒼海の部屋から出て行く。
さてそういえば、朝餉の後から貴海と竜海の姿を見ないな、と蒼海も立ち上がり、ふたりを探してみる。ふたりが行きそうな所を覗きながら屋敷の中や庭を歩けば水花との思い出がそこかしこに溢れていて、じわりと涙が浮かぶ。これからは何処を見ても水花のことを思い出してしまって寂しい反面、それだけのものが積もっていたことを嬉しくも思うのだろう、と考えると淡い微笑が頬に浮かんだ。
双子は、敷地内にいくつかある蔵のうちのひとつの中で見付かった。土床に座り込んだふたりはまだ泣いていて、そんなに流れる涙が身体のどこにあるのだろうかと思う。蒼海はふたりの前にしゃがみ込み、話し始める。
「……あのな。悲しいのは当たり前だから泣くなとは言えないし、俺だって思い出して泣くこともあるだろう。でも、水花は……俺達は、二年しか生きられないんだ。厳しいことを言うけれども、これから何度も家族が死ぬのを見る機会があるかも知れない。だから、……慣れなくちゃ、いけないんだ。わかるか?」
貴海がぐしぐしと強く袖で目を拭い、
「でも、死にたくない」
と、言った。
「……死ぬのが怖くて、泣いてたのか?」
「違う、ううん、違わない。死ぬのが怖い。だって、死んだらこんなに苦しいんだよ」
死んだのは水花で貴海ではないのにそんなことを言う。後を次いで竜海が涙を拭くこともせずに話し始める。
「水花が死んだから、俺たちはこんなに苦しいんだよ。蒼海が死んでもおんなじにすごくすごく苦しくなるよ。だったら、嫌だよ。死にたくない。俺が死んで、誰かが苦しい思いをするなら、死にたくない」
「こんな悲しくて苦しいの、誰にもしてほしくない。死ななかったら、誰もこんなに辛くないよね? だから、死にたくない、死ぬの、怖い。誰かが同じ思いするのが怖い」
そうしてふたり、図ったわけでもないだろうが声を揃えて
「蒼海も死んじゃやだぁ」
そう言って、また大粒の涙を溢す。
蒼海には、思いもつかなかった考え方だった。自分が死んだ後の家族の悲しみや苦しみ、なんて。それを耐えるのが当たり前だと思っていた。家族として越えてゆくものだと思っていた。けれど、貴海と竜海はそもそもそれらを与えたくないと、だから死にたくないと言う。死にたくない、その感情自体は全うで、しかし受け入れなければならないものだけれども。
「……お前達は、優しいな。家族が傷付くのが嫌なんだな。自分達のためじゃなくて家族のために生きていたいんだもんな。そうか。うん、優しい、優しいなあ……」
両腕に貴海と竜海を抱き締めて、蒼海は願う。どうか奇跡が。この子達を生かしてくれまいか。水花が最期に願ったのは、きっと、こういうことなんだ。今、わかったよ。
つられるように蒼海の眼からも涙が零れて、親子はしばらくそのまま。抱き合って泣いた。それ以外に術はなかった。
慰めるかのように、陽がやわらかく、親子の背を照らしていた。
水花の掌にも似た、あたたかさで。
[0回]
1019年3月、討伐帰還後のお話。
--------------------
漢方薬を呑んでまで討伐に出陣し、ぼろぼろになるまで身体を酷使した水花が、屋敷の裏門をくぐってすぐ倒れたのは無理からぬことだった。
梅の花が散って少しだけ寂しくなった庭を横目で見ながら、水花の横になっている部屋へ向かう。何でも、俺にだけに話したいことがあると仰っていたと、イツ花から伝えられたからだ。
這入った部屋は少し薄暗いように感じられた。今日はよく晴れているし、まだ昼にもならないうちからそんなはずはないのに。そんな部屋に横たわる水花は目蓋を閉じてぴくりとも動かない。覚悟をしておいたほうがいいかも知れません、イツ花の声が耳に蘇る。
「水花」
呼びかけると、ゆるゆると目蓋が開き、静かに首が巡らされた。
「蒼海」
血の気のない顔。笑おうとして失敗したかのような表情。布団から出された両の腕。傷跡。傷跡。
「話って、なに?」
何でもないふうを取り繕って、努めて明るい声で問うた。
「うん、もう、時間がないから。蒼海に謝らないとって思って」
「……何も、謝られるようなことはないはずだけど」
「あるんだよ。ずっと、言わないでいたこと……隠していたこと」
水花は俺から視線を外して何もない天井を見る。すう、とひとつ深呼吸をして水花は話し始めた。
「長い、話だよ。聞いていて気持ちのいい話じゃあないよ。でも、最後だから……許してね。
「……私、天界から降ろされたあの浦で、初めて話しかけられたとき『何も覚えてない』って言ったでしょう。あれね、嘘、なの。本当は物心ついた頃からのこと全部覚えてる。
「沢山の声が聞こえた。呪いは解けないのかとか。呪われたなら捨ててしまって次を作ればいいとか。源太もお輪もだらしがないとか。手を掛けて育てる価値があるのかとか。いろいろ。でも、よくわからないうちに私は生かされて、それで……、
「……子を成すための方法、をあの人たちは探り始めた。神様と交わればもしかしてって、でも、位の高い神様は殆どが拒んだんだって。呪い持ちなんかと交われるかって。それで、位の低い神様から選ばれたのが鹿島ノ中竜様。蒼海のお父さん……って呼んでいいのかな。
「優しい人……神様だったよ。
「子が成せるか試すっていっても、試せるのは私しかいないから。何度も、何度もね、試した。交わって、子の、ややこの種みたいなのがお腹の中にできたってわかると、最初はそのままで育つかどうか試した。普通の人じゃないからかなあ……育つのは早くてね、このくらいまでお腹、大きくなったんだけど、私の身体の方が耐えられなくって血が沢山出て、……流れてしまって。
「だから次は種を取り出して育てようってことになった。どのくらいの頃に取り出せばいいのか、それも一回ではわからなくて、交わって取り出して、駄目だったらまた交わって取り出して、さんかい。三回、繰り返した。
「よんかいめで上手くいって、女のややこだったなあ。髪の色も眼の色も私と同じで。でも、その子は……その子は、下界に降りたらすぐに戦えるようにって、あんまりにも速く成長させすぎたんだって。それで、だから、速すぎて、駄目に……しん、死んじゃって……っ、
水花はしゃくり上げながら泣き始める。拭っても拭っても止まらない。俺は、初めて聞く話を咀嚼するのに精一杯で、そんな水花に何もしてやれなかった。
泣きながら、それでも水花は話を止めない。
「もう止めて下さいって言ったの。もうこれ以上私の子を殺さないでって。駄目だって、言われた。ここまで来たら後戻りは出来ないって。だから私、もういいって。もう成功なんかしなくていいって。生まれてくる子は私と同じ呪いを受け継いでいて、そんなかわいそうな子はいなくてもいいって。試すなら何度でも試したらいい、でも全部失敗してほしかった。それで、私が死ぬまで失敗し続けたら、死んでいった子たちの代わりに地獄に落ちられると思った。そうなりたかった。そうしたら呪いも終わるから。早く私の身体が駄目になりますようにって、いつもいつも考えてた。
「それなのに。それなのに、蒼海が、生まれて。ちゃんと上手に育っていくのを見たら、死にたくないっておも、思っ、た。ひとりにできないって思った。勝手でしょう? もう何人も私は自分の子を殺していたのに。蒼海が歩けるようになって話せるようになって嬉しかった。嬉しかったの。ひとりじゃなくなったって思ってしまった。
「ごめんね、ずっと、言わなかった。怖かった。蒼海に嫌われるかもって、私、言えなかった……っ。
「みずいろのはなみたいだからみずか、って、蒼海、言ったよね。私の髪の毛を握って。あのとき、名前、もらったの、私。それまで名前がなくって。呼ばれたことがなくって。蒼海がみずかって。何度も言うから。私は水花になったの。
「……蒼海、蒼海はね、私のろくばんめの子。ろくばんめの、いちばん最初の子。だから、かなあ……わかってるのにね、二年ってわかってるのに。
「ごめんね、我侭なお願い、言うよ……ごめんね。
「死なないで。蒼海、死なないで」
水花が泣きながら腕を伸ばしてくる。その手を握って、それでも足りなくて抱き起こして抱き締めた。水花の腕が痛いくらいに俺の背を掻き抱く。
「あの子たちは私が、私が背負って行くから。一緒に行くから。私だけ地獄に行くだろうけど、そんなのは構わない。蒼海のぶんも背負って行きたい。蒼海、あおみ、死なないで、しなないでよぉ……っ、生きて、貴海と竜海と一緒に生きてほしいよ……っ、死んじゃやだ、やだぁ……っ、しなないで……っ、」
泣きじゃくりながら死なないでと水花は繰り返す。自分の方が死の床にいるにも関わらず、ただただ、俺とその子達に死なないでと言う。俺だって言いたい、水花死なないで。けれども、水花はもうすっかり死ぬことを受け入れてしまっていて、だから言えない。言えるのは。
「水花のぶんまで生きるよ、約束する。そう簡単に死にやしない。絶対に」
正直な、話。自分の代でも、きっと子供達の代でも呪いを解くことは出来ないだろう。大江山に登ったからこそわかる。自分たちでは力が足りない。それでも。
「水花、俺、当主になるよ。水花の全部、俺がもらう」
だからどうか。俺を待っていて。水花ひとりで五人の命は重過ぎるから、生まれることが出来た俺が一緒に背負うから。そう遠くない日に、地獄の入り口で会おう。そうしてまた最初のように。ふたりきりで、手を繋いで、始めるんだ。
行く先がどこだって。水花とふたりなら、寂しくなんてない。悲しくなんてない。今までがそうだったように、死んでからだって、地獄だろうが何だろうが、大丈夫、ふたりなら。ふたりきりでも。
[0回]
1018年12月はじめ、蒼海の子来訪。
水花が泣いたのを見るのは初めてで、何故泣いたのかも正直わからなくて。
その理由を知るのは、もう少し先のことだった。
水花にとって、天界で子が無事に生を得て成長して下界に下りて来る、というのは本当に尊いことなのです。下りられなかった命を知っているから。
[0回]
1018年?月、とある幼子ふたりのお話。
--------------------
「もうし、もうし、」
「どなたか、どなたか、」
「わたしはここです、わたしはここにいます、」
小さな集落の名も無い浦でそんな声が聞こえると噂になったのは、十日ほど前からだ。ここ最近は誰からともなくその浦を「吾ガ浦」と呼ぶようになっていた。「自分が居る」と何度も訴えかける声がするから、というのが理由である。
住民は気味悪がって夕暮れが近くなると、その浦を避けるようになった。声が聞こえるのは決まって黄昏時から明け方にかけてだと噂では言われていたので。
その日。満月の夜。
友人の家で酒を馳走になりしたたかに酔った老人が、たまたま吾ガ浦のすぐ側を通って家路へと向かっていると、
「もうし、もうし、」
「どなたか、どなたか、」
「わたしはここです、ここにいます、」
噂通りのか細い声が老人の耳に届いてきた。酔ってあれば薄気味悪さも感じず、正体を確かめてやろうといった気持ちで老人は砂地へ足を踏み入れた。
「おーい、どこだぁ、呼ぶのは誰だぁ」
千鳥足で砂に足をとられ、若干呂律のあやしい声を上げながら老人はうろうろと歩き回る。と、使われなくなって朽ちかけた船の陰にふたつの小さな人らしき形を見た。どうやら声はその人らしきものから聞こえてくるようだ。そっと近付いてみると、十を越えたか越えないかの見た目をしたおみなとおのこだった。おのこの方が少しばかり幼いだろうか。妖怪変化の類かとも思ったが、どうためつ眇めつしても人の姿にしか見えない。
ただ、夜でも何故かはっきりと目を引いたのは髪の色と眼の色。水色の髪と朱色(あけいろ)の眼のおみな。反対に朱色の髪と紺青の眼のおのこ。
「……おぅい、そこの、何してる」
流石に警戒してか遠巻きに老人は声を掛けた。ふ、とおみなの口から零れていた声が止み、首をまわして老人へ目を向ける。驚いたようにぱちぱちと瞬きを繰り返し、すぐ隣のおのこに視線をやり、もう一度老人を見た。
「どなたですか」
声は透き通ってまるで邪気というものがない。
「……あっちの端の家でな、」
老人は自分の家のある辺りの方角を指差して教える。
「笊だの籠だの作ってるしがない年寄りだよ。……あんたさんはどなただい」
「……わかりません。ここへ来る前のことは何もおぼえていなくて」
「はあ……名前くらいは覚えているだろ」
「なまえは、ありません」
やけにはっきりとおみなは言った。
「でも、この子は、」
おのこを目で示して
「蒼海(あおみ)といいます」
しっかりと、それが揺らがないただひとつの真実であるような、そんな声だった。
「じゃあ、これからどうするね」
「京へ。京の都へ、行かなければなりません」
「どうしてまた」
「そこでやらなければいけないことがあります」
老人は考える。いささか変わった風体ながら話は通じるようだし、こちらをどうこうしようという気も無いらしい。ひとまず自分の家に泊めてやって詳しく話を聞くのがいいだろうか。近頃は春めいてきたとはいえ、まだ夜は冷えるし。そうと決まれば。
「お前さん方、ひとまず家に来い。そこでな、話をしよう。京へ行く方法とかな」
「……いいんですか。わたしたちみたいなえたいの知れないものを家に入れてしまって」
「なぁになぁに、別に人を捕って食ったりはしないだろ。そんなら構わん」
けらけらと笑って老人は言った。
「はい、人は食べませんし、おそったりもしません」
「そんなら決まりだ、さ、行こう。……ええと、……ああ、名前がないと不便だな」
老人は束の間考えて
「よびこ、呼子でどうだね。ずっとここで誰かを呼んでいたのだろ」
さもいいことを思い付いたというふうに提案した。いささか安直ではあるが、酔いの回った頭ではあまり難しいことは思い付かなかったのだ。
「いいですよ。お好きに呼んで下さい」
「よぅし決まりだ、呼子、蒼海、こっちだこっち、こっちが近道なんだよ」
老人は機嫌よく(大半は酒の力によるものだ)ふたりの手を取って、満月のお陰でうっすらと照らされた道を、やはり千鳥足で家に向かって歩き始めた。
ふたりの子が京へ、定められた場所へ辿り着くのは、これからもう少し先の話。
[1回]
1020年6月
……えーと。
………今月の記録なのですが。
…………スクショが1枚もありませんでした。
……………ので、さらっといきましょうか。
(なお、大変残念なことにしばらくスクショ少な目というか少ない状態が続きます……)
討伐先は白骨城、何故なら早瀬が欲しいから。
去年のうちに取っておければよかったのですが、去年は
6月白骨城討伐(早瀬のことをすっかり忘れていた)
7月相翼院討伐(安易に強化月間に乗っかった)
8月貴海の交神(家に貴海竜海しか居なくなってしまったので)
と、いう感じだったのでした……。
早く移動できる術・すなわち早瀬の存在を裏のたまに嘘を吐くお侍さんから聞き、早瀬があるとないとでは討伐効率が段違いなのでは? という事に気付いた当主・竜海。(と、去年の白骨城期間が終わってから、そういえばと思い出したぐだぐだプレイヤー)
というわけで白骨城。
4階で黙々と鉄クマ大将パーティーを狩り続ける一行。
赤火はない……つまりそういう事です。
何の成果も得られませんでした!!(入手できませんでした)
討伐延長したら赤火が来るかもと粘る姿勢を見せた竜海を止める貴海。
貴海「来月は竜海の子が来るんだから、一旦帰ろう」
竜海「いや、でも白骨城は夏の間しか……」
貴海「それはそうだけどさ、天界から下ろされて誰も居ない家に案内される子のことも考えなよ」
竜海「……あ……」
貴海「当主としてこれからの討伐に必要なことをしようとするのは悪くない。でもさ、まずは家族が居なくちゃ何も出来ないだろ」
竜海「……うん」
貴海「子供を迎えてさ、それからでも来られるんだから」
竜海「……うん」
説得され、貴海に従う竜海。当主とはいえ竜海は兄である貴海をないがしろには出来ない、しない子。
当主の自分を陰に日向に支えてもらっていることもありますが、双子で同い年でも生まれてからずっと『兄』であろうとしてくれた貴海を、『弟』として見て来た竜海は慕っています。だから。竜海は『当主』である前に『弟』としての自分を優先しました。
竜海「帰ろう。貴海の言う通り、ここはまた来られるけど、俺の子の出迎えは一回しか出来ないんだもんな」
この選択が吉と出ても凶と出ても、竜海は後悔しない。
1020年7月
……何でこんな中途半端なところからスクショ撮ってるの……?
プレイヤーは「こまめにスクショを撮る」ということを早く身体に覚えさせる必要があります。
それは兎も角。
はい! お待ちしておりました!
竜海の子の名前は海音月(みねづき)、職業はスクショ通り弓使いです。
素質は体火が心配……握力いくつ? もしかしてジャム瓶の蓋開けられなかったりする? 大丈夫?
あとは心素質を見て一番最初に思ったのが、気を付けて見ていないと家出しそう、でした。だってこれ絶対堪え性とか無い(心土)上に、自由人気質(心風)じゃないですか。
愛称が腹ペコ虫なのも、ちょっとお腹が減ったらすーぐ台所行っちゃうからですよ。それでつまむものがあるならそれをつまみ、無ければその辺のもので何かしら作って食べるんですよ……それが今夜のおかずにとイツ花が用意しておいたもの(食材)だとしても……海音月は気にしない……何故なら我慢が苦手で奔放だから……。
で、奔放ゆえに誰にも言わずふらっと街に出て興味のおもむくままうろうろして、気まぐれに甘味などをお土産に帰って来るんですよ。
あー後はえっと、語っておきたいのが、何故弓使いなのか? これです。
竜海は自分の職である剣士を継がせたかったはずです。けれど、気付いたんですよね、貴海(弓使い)の子である鈴水も蒼子も父の職を継いでいないなって。それは貴海がこれからの討伐のことを考えて弓使いが複数人居るより、薙刀士と槍使いがひとりずつ居たほうが戦術の幅が広がるなと考えた結果。
貴海だって自分の子には自分の職を継いで欲しい想いが無いわけではなかったはずです。でも、吾ガ浦家のこれからを考えたときにそれは最適解ではないと、自分ひとりの想いよりも家のため、家族のための、先を見据えた選択を取ったのです。
当主である竜海には相談せずに。
竜海も最初は弓使いをどちらの子にも継がせなかったことを不思議に思っていましたが、何度か4人で討伐に出てみて、そういう貴海の意図に気付いたんです。
それなので、罪滅ぼしという訳ではないですが、大好きな兄・貴海の職である弓使いを我が子の職として選んだのでした。貴海が弓を扱う様をずっと見てきて、その様が好きだったからということもあります。
ひい、妄想を語ると気が付かないうちに長くなるぅ……。
で、海音月には大変申し訳ないのですが、今月も早瀬を目指して白骨城に突撃するので自習をしていてね~。
ひえ…っ……双子の健康度下がってる……漢方……まだお店開いてなかったでしたっけ……。ああー。
鈴水蒼子のスクショはありませんでした! え、でも指折り数えてみるともう元服してるの……? え? まだ可愛いひよっこだと思っていたのに?
さて白骨城。
有り難いけれどもその術じゃない! 早瀬を、早瀬を寄越せー! と突っ込んでいく竜海、自分の身体の衰え忘れていますね、完全に。なんかもう、早瀬を入手しないと死ねない! くらいに思っていそうだ。
目的意識があるのは良いことなのですが無茶しないでー当主様ー!
えー……こちら竜海討伐隊、目的の早瀬は入手出来なかった、オーバー。
そういうことなので、来月どうしましょうかね……。
竜海どうする?
次回予告
鈴水蒼子双子が来訪したときのまんがもどき、予定は未定!
今さらですがこれは描いておきたかったので。……ので。
いけるか!?
[2回]