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1021年1月の小話です。

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 吾ガ浦葉澄は、よく笑う子だ。イツ花が言った通りに。
 けれども、それが「おかしい」と気付いたのもまた、来訪してすぐだった。
「あなたの名前は『葉澄』、葉澄ちゃんだよ」
「それから私は蒼子、葉澄ちゃんのえっと一応、お母さんね」
「こっちは鈴水と海音月ちゃん。鈴水は私のお姉さんで当主なの」
「わかった、かな……?」
 蒼子がいくら話しかけても葉澄はにこにこと笑っているだけで言葉ひとつ発さなかった。わかった、ともわからない、とも。
「いきなりは覚えられないかな……? ねえ、葉澄ちゃん?」
 葉澄ちゃん、と呼びかけられてようやく、ことんと首を傾げたので、耳が聞こえないということは無いようだ。ただ、やはり言葉は出て来なかった。
「えぇと、家族のお名前、覚えられた?」
 蒼子が続けて問うと葉澄はこくりと頷いた。そしてまた、にこにこと笑い続ける。
「……鈴水ちゃん、葉澄ちゃん、喋れないのかなあ……大丈夫かなあ……」
 母である蒼子が私、鈴水へ不安げな視線を向けた。当然といえば当然である。しかし、そんな視線を向けられた私だってかなり困惑しているのだ。
 とはいえ、当主である自分がこの事態を「わからない」で投げ出すわけにはいかない。
「イツ花」
「っ、はいっ!」
「そんなに驚かなくても……」
「はい……」
 イツ花はしゅん、と肩を落とす。そんなイツ花に訊くのも悪い気はしたが、これは吾ガ浦家で最も天界と近いイツ花に訊くしか無いことなのだ。
「あのね、イツ花。葉澄を天界まで迎えに行ったとき、何か言われなかった? この子は喋れないとか、そういうこと」
「……実はですね、」
 決まり悪げにイツ花がぽつぽつと話し出す。
「下界に……つまり吾ガ浦家に下ろすための最低限の知識や行動は、問題無く覚えたそうなんですが……」
「なんですが?」
「天界でも一言も喋らなかったらしくて……ただですね、意思の疎通には問題無いからと……言われました」
「そう……昼子様は? 何か言っていた?」
「……直接伺ったわけでは無いんですけどォ……その……」
「いいよ、言って」
 蒼子が交神へ赴いた際の太照天昼子の言動は聞いている。交神から戻ってすぐに蒼子が「私、あの神様苦手」と言い添えて一から十まで教えてくれたからだ。
「……『戦うための一族なんですから、そこに問題がなければ何の問題も無いのと同じですよ。もし話せないとして、それが鬼と戦うのに何か障害になるわけでも無し』……と仰っていたそうで……」
「……そう。ありがとう、イツ花」
「いいえ! お礼を言われることじゃありませんよ! ……実は、昼子様の言葉は訊かれなかったら黙っていようかと思っていましたしィ……」
 黙りたくなる気持ちもわかる。イツ花は天界から任ぜられた巫女として吾ガ浦家に仕えてはいるものの、それ以前はどこかの商家で働く天界とは縁もゆかりも無いただの娘だったと聞いた。それがいきなり天界との繋ぎを任されては重圧に感じることもあるだろう。
 それにそもそも根の性格が優しい、のだ。吾ガ浦家に生まれた呪い憑きの私達に同情する様子を見せる程度には。
「と、いうわけだから。蒼子。海音月。葉澄には普通に接しても大丈夫でしょう。話せるのか話せないのかはこれから一緒に暮らしていればわかるでしょうし」
「鈴水ちゃんがそう言うなら……」
 不安げな蒼子とは対照的に、海音月は
「私もそんなに喋らない方だから、平気。言葉が通じるなら大丈夫、ね」
 と葉澄の頭を撫でながら言った。
「海音ちゃん、独り言の方が多いもんね。それでも困ることは無いし、じゃあ、大丈夫かも」
 と蒼子がほっとしたような様子を見せる。独り言が多いのと喋らないのとでは大分違うのではと思いもしたが、蒼子がそう納得したのならわざわざ指摘してまた不安にさせることも無いと私は何も言わなかった。
「それじゃあ皆さん、少し早いですけど夕餉にしませんか?」
 私の代わりというわけでは無いだろうが、イツ花の明るい声がその場に響いた。
「葉澄様がいらっしゃるので、市に出ていた食材から一等いいのを揃えまして夕餉はいつもよりバーンとォ豪勢にしたんですよ!」
「お餅は? お餅はある?」
「はい! 海音月様の好物ですから探して参りましたよ」
「やった」
 餅がいかに美味しいか、どうやって食べるのが一番なのか、訥々と葉澄に語り始めた海音月を微笑ましそうに眺めてから、蒼子がイツ花に
「手伝うよ」
 と声を掛ける。「助かります」と立ち上がったイツ花に続いて私も立ち上がり、「私も手伝う」と三人揃って厨へと向かった。
 厨にはイツ花が腕を振るった料理が膳に並べられ、あとは運ぶだけという状態で並んでいる。
「あっ蒸し鮑がある。鮑、よく市に出てたねえ。まだそんなに店も出てないでしょ?」
「はい、運がよかったです。葉澄様がいらっしゃるから、どなたか神様が手を回して下さったんでしょうか、なんて」
 冗談めかして言うイツ花の言葉に、それはないだろうと思いつつ、運がよかったというのは確かに思う。私達が、正確には吾ガ浦家が京に居を構え鬼を退治るようになってから、少しずつ市にも活気が戻って来たとはいえまだまだ店は少ない。
 食材を扱う店だけではない。武具や防具を扱う店の品揃えも良いとは言い難い。とはいえ、文句も言えない。京の中にまでは鬼は出ないとは言うものの、実の所それは誰の保証もない言葉であり、周囲に鬼の巣窟がいくつもある場所には近付きたくないというのも頷ける話だ。
 つらつらと考えながらイツ花に言われるまま膳を運んでいると、夕餉の支度はすっかりと整った。
「それじゃあ、いただきましょう」
 私の言葉にそれぞれが膳に向かう。
「いただきます」
「いただきます」
 海音月の隣に納まった葉澄は相変わらずにこにこと笑っている。そんな葉澄に海音月が餅の食べ方を熱心に指南している光景は心和むものであった。
「最初にこれをよっつくらいに切り分けてね、全部味を違うふうにして食べるの。それでね、次のお餅では自分が一番好きだと思ったのを一個まるごとその味にして食べるといい」
 今は。今ならば葉澄が喋らないとしても何の問題も無い。けれども、鬼との戦いになったら? 昼子様は問題無いと判断したようだが、他の者に鬼の襲来や次に何を仕掛けてきそうなのか、そういったことを伝えられないのは大きな問題だ。
 とはいえ、どうやったら話せるようになるのか、そもそも話せるようにはならないものなのかも知れない、などと考えながらの食事は、イツ花には申し訳ないが殆ど味がしなかった。
(今月の訓練は私がつけて……それで見極めるしかないか……)
 そう決めて口をつけた鳥粥は、ようやっと滋味深いと感じられて、私はほっと息を吐いた。
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【吾ガ浦家】わらう子