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1018年12月はじめ、蒼海の子来訪。
水花が泣いたのを見るのは初めてで、何故泣いたのかも正直わからなくて。
その理由を知るのは、もう少し先のことだった。
水花にとって、天界で子が無事に生を得て成長して下界に下りて来る、というのは本当に尊いことなのです。下りられなかった命を知っているから。
その理由を知るのは、もう少し先のことだった。
水花にとって、天界で子が無事に生を得て成長して下界に下りて来る、というのは本当に尊いことなのです。下りられなかった命を知っているから。
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1018年?月、とある幼子ふたりのお話。
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「もうし、もうし、」
「どなたか、どなたか、」
「わたしはここです、わたしはここにいます、」
小さな集落の名も無い浦でそんな声が聞こえると噂になったのは、十日ほど前からだ。ここ最近は誰からともなくその浦を「吾ガ浦」と呼ぶようになっていた。「自分が居る」と何度も訴えかける声がするから、というのが理由である。
住民は気味悪がって夕暮れが近くなると、その浦を避けるようになった。声が聞こえるのは決まって黄昏時から明け方にかけてだと噂では言われていたので。
その日。満月の夜。
友人の家で酒を馳走になりしたたかに酔った老人が、たまたま吾ガ浦のすぐ側を通って家路へと向かっていると、
「もうし、もうし、」
「どなたか、どなたか、」
「わたしはここです、ここにいます、」
噂通りのか細い声が老人の耳に届いてきた。酔ってあれば薄気味悪さも感じず、正体を確かめてやろうといった気持ちで老人は砂地へ足を踏み入れた。
「おーい、どこだぁ、呼ぶのは誰だぁ」
千鳥足で砂に足をとられ、若干呂律のあやしい声を上げながら老人はうろうろと歩き回る。と、使われなくなって朽ちかけた船の陰にふたつの小さな人らしき形を見た。どうやら声はその人らしきものから聞こえてくるようだ。そっと近付いてみると、十を越えたか越えないかの見た目をしたおみなとおのこだった。おのこの方が少しばかり幼いだろうか。妖怪変化の類かとも思ったが、どうためつ眇めつしても人の姿にしか見えない。
ただ、夜でも何故かはっきりと目を引いたのは髪の色と眼の色。水色の髪と朱色(あけいろ)の眼のおみな。反対に朱色の髪と紺青の眼のおのこ。
「……おぅい、そこの、何してる」
流石に警戒してか遠巻きに老人は声を掛けた。ふ、とおみなの口から零れていた声が止み、首をまわして老人へ目を向ける。驚いたようにぱちぱちと瞬きを繰り返し、すぐ隣のおのこに視線をやり、もう一度老人を見た。
「どなたですか」
声は透き通ってまるで邪気というものがない。
「……あっちの端の家でな、」
老人は自分の家のある辺りの方角を指差して教える。
「笊だの籠だの作ってるしがない年寄りだよ。……あんたさんはどなただい」
「……わかりません。ここへ来る前のことは何もおぼえていなくて」
「はあ……名前くらいは覚えているだろ」
「なまえは、ありません」
やけにはっきりとおみなは言った。
「でも、この子は、」
おのこを目で示して
「蒼海(あおみ)といいます」
しっかりと、それが揺らがないただひとつの真実であるような、そんな声だった。
「じゃあ、これからどうするね」
「京へ。京の都へ、行かなければなりません」
「どうしてまた」
「そこでやらなければいけないことがあります」
老人は考える。いささか変わった風体ながら話は通じるようだし、こちらをどうこうしようという気も無いらしい。ひとまず自分の家に泊めてやって詳しく話を聞くのがいいだろうか。近頃は春めいてきたとはいえ、まだ夜は冷えるし。そうと決まれば。
「お前さん方、ひとまず家に来い。そこでな、話をしよう。京へ行く方法とかな」
「……いいんですか。わたしたちみたいなえたいの知れないものを家に入れてしまって」
「なぁになぁに、別に人を捕って食ったりはしないだろ。そんなら構わん」
けらけらと笑って老人は言った。
「はい、人は食べませんし、おそったりもしません」
「そんなら決まりだ、さ、行こう。……ええと、……ああ、名前がないと不便だな」
老人は束の間考えて
「よびこ、呼子でどうだね。ずっとここで誰かを呼んでいたのだろ」
さもいいことを思い付いたというふうに提案した。いささか安直ではあるが、酔いの回った頭ではあまり難しいことは思い付かなかったのだ。
「いいですよ。お好きに呼んで下さい」
「よぅし決まりだ、呼子、蒼海、こっちだこっち、こっちが近道なんだよ」
老人は機嫌よく(大半は酒の力によるものだ)ふたりの手を取って、満月のお陰でうっすらと照らされた道を、やはり千鳥足で家に向かって歩き始めた。
ふたりの子が京へ、定められた場所へ辿り着くのは、これからもう少し先の話。